イザヤ書 8章23節後半から9章6節
マタイによる福音書 4 章 12 節から 17 節
久保親哉
東京平和教会2011/06/19
ロウソクが二本点りました。アドベント第二週となります。アドベントとは、日本語で待降節と 言いまして、漢字では降りてくるのを待つ節(とき)と書きます。ですから救い主が生まれるクリス マスを待つ、準備する時でもあります。しかし、このアドベントという言葉の本来の意味は、そう ではないのですね。これはラテン語なのですが、直訳すると「何々へ来る」となります。ですから、 私たちがクリスマス、救い主を待っていても、待たなくても、その方は来るという意味なのです。 その救い主はどこに来るのか・・・今日の聖書箇所は、救い主はどこに来るのかを記しているので す。
今日の聖書箇所イザヤ書 9 章 1 節を読んでみましょう。 「闇の中を歩む民は、大いなる光を見、死の陰の地に住む者の上に、光が輝いた。」 この「大いなる光」は救い主を表していますから、この闇の中を歩む人、死の陰の地に住む人のと ころに救い主が来たと記しています。では、この「闇の中」「死の陰の地」とはどのような状況を 言っているのでしょうか?今、世界中で戦が起こっています。多くのこどもや弱い立場の人々が犠 牲となっています。その方々にとってみればクリスマスどころではありません。正に「闇の中」「死 の陰の地」でありましょう。しかし、平和と思えるような私たちの社会の中にも、差別を受け、追
いやられ居場所がない方々が居られます。その方々にとってもそこは「闇の中」「死の陰の地」で ありましょう。また、様々な問題を抱えている方、どうしようもない絶望に落とされた方、一見そ うは見えないけれども孤独を感じているという方もおられるでしょう。その方も「闇の中」「死の 陰の地」にいるのではないでしょうか。
以前もお話したと思いますが、キリスト教会系の新聞の投稿文にこういうのがありました。「私 はクリスマスが嫌いです。クリスマスが救い主が来たことをお祝いするお祭りと聞いたことがあり ます。しかし、私の所には、そんな救い主などが来た事がありません。たとえ、クリスマスが来て も現状は変わりません。むしろ虚しいだけです。」
ある 40 代の男性の言葉です。これが現実だと思います。この 1 節に記されてある「闇の中を歩 む人」とは、遠い昔の出来事ではなく、今、私たちの身近な人、もしくは私たちのことを表してい る言葉なのです。
この 1 節の「闇の中を歩む人」「死の陰に住む者」という言葉は、正にどうしようもない絶望的 な出来事が起こった直後にイザヤが語った言葉なのです。その絶望的な出来事について、今日は少 しお話したいと思います。その絶望的な出来事は、ある大きな戦争によって引き起こされました。 戦争はいつの時代においても、破壊と殺戮、悲惨と絶望しかありません。どんなに崇高な正義や素 晴らしい信仰であったとしても、命が失われていい理由にはなりません。それは今も昔も変わりま せん。しかし、イザヤの時代にも大きな戦争がありました。その戦争は、シリア・エフライム戦争 と呼ばれています。この戦争は聖書にも大きな陰を残し、エルサレムを首都とする南ユダ王国や北 イスラエル王国の運命を大きく変えた世界大戦であったと言っても過言ではないでしょう。その戦 争によって多くの国は消滅したのです。少しだけその戦争についてお話します。
その時代、イエスが生まれた時から約 700 年前、世界に覇権を轟かせていたのがアッシリア帝国 です。その頃のパレスチナには、いくつかの小国があり反アッシリ同盟を結んでいました。しかし、 その小国の中で小競り合いがあり紛争が起きてしまいます。具体的には反アッシリア同盟が、エル サレムを首都とする南ユダ王国に攻め込んできたのです。その時、南ユダ王国にいたイザヤは時の 王に対して、全力で戦争を回避するように訴えます。しかし、王は休戦交渉ではなく徹底抗戦を選 んでしまうのです。案の定南ユダ王国は攻め込まれ首都エルサレムを包囲されてしまいます。そこ で、南ユダ王国の王は、こともあろうにアッシリア帝国に援軍を求めてしまうのです。当時、帝国 に援軍を求めるということは、帝国の属国となるということです。すでにアッシリア帝国は国境付 近に大軍を集結させ、軍事介入の機会を待っていました。アッシリア帝国はそれを機に、圧倒的な 大軍で侵略を開始します。反アッシリア同盟といっても小国の寄せ集めです。例えるなら、横綱力 士と数名の小学生が本気の喧嘩するようなものです。それはもう一方的でした。この戦争によって エルサレムを首都とする南ユダ王国以外のパレスチナの国々は消滅し、北イスラエル王国も都市国 家までに縮小され後に消滅しました。南ユダ王国もアッシリア帝国の属国とされてしまったので す。これがシリア・エフライム戦争です。紀元前 733 年の出来事でした。
この時に戦場とされ、アッシリア帝国に占領されたのがガリラヤです。その事が今日の聖書箇所 8 章 23 節後半に記されています。 「先に、ゼブルンの地、ナフタリの地は辱めを受けたが、後には、海沿いの道、ヨルダン川のかな た、異邦人のガリラヤは、栄光を受ける。」
ここに記されている地域、ゼブロンの地、ナフタリの地、異邦人のガリラヤ、この地域が実際に 侵略を受け、戦場とされ、アッシリア帝国との併合された地域です。この聖書箇所に「異邦人のガ リラヤ」と記されてあります。もともとガリラヤはイスラエルの土地でありました。しかし、ここ にはわざわざ「異邦人の」と記されてあります。それにはこのような悲しい意図があるのです。ア ッシリア帝国の占領政策はとても過酷でありました。よくバビロン捕囚のお話を今まで何度かした ことがあると思いますが。その「捕囚」をはじめに行ったのはアッシリア帝国です。その目的は占 領地の民族や文化を徹底的に破壊することです。そのために土地の人々を入れ替えたのです。後に 世界を支配したバビロン帝国も捕囚をしましたが、アッシリア帝国ほどに厳しいものではありませ んでした。アッシリア帝国は、その民族・文化を破壊するために、民族を混合させたのです。ガリ ラヤの人々はその過酷な捕囚に晒されました。もともとガリラヤに住んでいた人々を、遠くの幾つ かの地域に分散させて、無理やり定着させ、別の二つの民族をガリラヤに住まわせたのです。だか ら 23 節で「異邦人のガリラヤ」と記されているのです。ガリラヤは、戦場とされ多くの命を失い、 家を燃やされ、家族を失った悲しみがある。どうにか戦争を生き残っても、今度は遠い異国へ連れ 去られる苦しみが待っている。そこでは連れていかれる人と残される人がいました。戦争を生き残 っても家族が引き裂かれるというどうしようもない悲しみが起こったのです。連れて行かれた人々 は二度と戻ってくることはありませんでした。この戦争で命を奪われ、土地を奪われ、家族を奪わ れる。そんな悲しみ絶望の状況をイザヤは 1 節で「闇の中を歩む民」「死の陰の地に住む者」と語 ったのです。連れて行かられた人々は、正に闇の中を歩いていきました。そして、残された人々は 死の陰の地に、絶望の地に住んだのです。
そんな中でイザヤは人々に語るのです。もう一度 9 章 1 節を読みます。「闇の中を歩む民は、大 いなる光を見、死の陰の地に住む者の上に、光が輝いた。」イザヤはそんな絶望の只中で「大いな る光を見る」と、しかも「光が輝く」と語るのです。この絶望の闇に光がもたらされるというので す。
その光を誰が与えてくれるのか・・・その方については 5 節に記されています。 「ひとりのみどりごがわたしたちのために生まれた。ひとりの男の子がわたしたちに与えられた。 権威が彼の肩にある。その名は、「驚くべき指導者、力ある神、永遠の父、平和の君」と唱えられ る。」
誰がこの絶望の闇に光を与えれくれるのか。それは「ひとりのみどりご」が与えてくれるとイザ ヤは語ります。「平和の君」が来られると。・・・私たちがこの言葉を読む時、きっとイエスを思い 起こすのだと思うのです。・・・しかし、聖書学的には、イザヤはイエスを意識していたのではな いと言われています。この言葉は、ヒゼキヤ王が南ユダ王国の王に就任する時にイザヤが語った言
葉であると言われています。そのヒゼキヤ王は、主なる神の前で正しい道を歩みました。イザヤは そんなヒゼキヤ王に「大いなる光」「平和の君」となることを期待したのです。あの絶望のガリラ ヤに希望の光が輝くかもしれないと。・・・しかし、そんなヒゼキヤ王でさえ、アッシリア帝国へ の反乱は失敗に終わり、ガリラヤに希望の光が輝くことはなかったのです。このガリラヤの悲しみ、 苦しみ、絶望はそれ以降も続くことになります。その後のガリラヤは、多くの国々に支配され、幾 度も戦場になり、何度も踏みつけられ、苦しめられることになります。果たして、ガリラヤに大い なる光、平和の君は本当に来るのだろうか。
あの戦争によってガリラヤに悲しみが起こり、虐げられ異国の支配が始まってから約 700 年が経 った時。今日の聖書箇所の 1 節「闇の中を歩む民は、大いなる光を見、死の陰の地に住む者の上に、 光が輝いた。」このイザヤの言葉の意味すら失われ、忘れ去られた頃。軍隊も権力も何も持たない たった一人の人が、その虐げられた地ガリラヤに立って、あの絶望の出来事に触れます。その事が マタイによる福音書 4 章 12 節から 17 節に記されています。 「イエスは、ヨハネが捕らえられたと聞き、ガリラヤに退かれた。そして、ナザレを離れ、ゼブル ンとナフタリの地方にある湖畔の町カファルナウムに来て住まわれた。それは、預言者イザヤを通 して言われていたことが実現するためであった。「ゼブルンの地とナフタリの地、湖沿いの道、ヨ ルダン川のかなたの地、異邦人のガリラヤ、暗闇に住む民は大きな光を見、死の陰の地に住む者に 光が射し込んだ。」そのときから、イエスは、「悔い改めよ。天の国は近づいた」と言って、宣べ伝 え始められた。」
イエスはたった一人、ガリラヤに立って宣べ伝え始めました。あの失われたガリラヤで、です。 ガリラヤではイエスに時代に至っても、痛み苦しみが続いていました。ローマ帝国軍がそこに駐屯 していたのです。いつの時代でも軍隊が駐屯する街では、必ずと言って良いほど暴力と搾取があり ます。ガリラヤの痛み、悲しみ、どうしようもない絶望はずっと続いていたのです。そんな絶望の 地でイエスは育ち、そこから「天の国は近づいた」と宣べ伝え始めたのです。これは偶然ではあり ません。虐げられ苦しみの歴史が続くガリラヤにイエスは立ち続けたのです。
最初に、ある投稿文を紹介しました。「私の所には、そんな救い主が来た事がありません。たと え、クリスマスが来ても現状は変わりません。むしろ虚しいだけです。」・・・私もその通りだと思 います。何も現状は変わりません。ガリラヤでもイエスが来たからといって現状は変わりませんで した。しかし、イエスはそこに住み、そこで生きて、人々共に生きたのです。そのどうしようもな い絶望の中にイエスは居たのです。「救い主」はどこに来るのか、それはどうしようもない絶望の 只中に来るのです。いや、そこに居られるのです。私たちの、私の触れられたくない所に、心の暗 い闇にイエスは来るのです。イエスは、とこで共に生きているのです。